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Little fragments

マンガやイベントを中心に、雑文乱文書き散らかし。

もう1回だけと言い聞かせて「劇場版 ガールズ&パンツァー」を見てきた

 前にな、立川で爆音上映をやっているので見に行った「劇場版 ガールズ&パンツァー」。感想を書いたら、友人に「ガルパンめんどくさいおじさん」 と言われてしまった。

 

toudo-kougen.hatenablog.com

 

 どうも考えてみたら負けらしい。それもなんとなく悔しいし、頭を空っぽにしてみたいとは思う。
 どうもアニメシリーズを見ると余計面白いらしいので、アマゾンプライムビデオで「ガールズ&パンツァー」とOVA「これが本当のアンツィオ戦です!」を見た。1クールで程よく話や設定をかっとばしながらまとめた作品という印象だった。

 

 

 

 さて、先日からどうにも髪の毛が言うことを聞かなくなってきた。どうも伸びすぎたらしい。そりゃ3ヵ月弱切ってないもんな。昔は2ヵ月も持たなかったものだけど。
 
 そんなわけで、髪の毛を切りに行くついでに映画館で「劇場版 ガールズ&パンツァー」をもう一回見てきた。

 爆音でないからこそわかるこだわりも見えてきた。劇場版だからこその制作陣の意気込みもところどころ伝わってきた。しかし、違和感は消えるどころかますます別の方向へ広がっていくのだった。

 もちろん、「ガールズ&パンツァー」という作品を忌み嫌っているわけではない。二次創作は楽しく見ているし、アニメも楽しくなければ完走しなかっただろう。しかし、劇場版は1回目よりも退屈に思えてしまった。

 なんだろう、やっぱり火力と物量で話をごり押しする感じが拭えなかったのだ。設定をリアルに寄せているからこそ生まれる、フィクションとしての存在感が脅かされた感じがなんとも気持ち悪かった。カチューシャが撤退するシーンなんて特にそうだった。

 こんなことを書くと「やはり面倒くさいおじさんじゃないか」と言われてしまうのだけれど、俺はどうしても考えながら見るということをやめられないらしい。「おおー、すげードッカンドッカン撃ってるー」、「可愛い~」とは見れずに何かを感じてしまう。

 これはなにも「劇場版 ガールズ&パンツァー」に限った話ではない。「ガールズ&パンツァー」の当初から出ていた作風でもあるし、「ラブライブ!」で感じていた気持ち悪さにも通じるものがある。

 頑張るという過程を無視した精神論で勝つ物語、それもチームが勝つ物語というのはそれほどまでに爽快なものなのだろうか。俺にはあまりそうは思えない。
 物語には光と影がある。影があるから光が映える。レイヤーやベクトルの違う影はストーリーを分断するだけで、光をおかしくしてしまうのだ。その光のおかしさが気持ち悪い。というより怖い。

 ただのスポ根嫌いと言われればそれまでなんだろうけれど、同じ水島努監督が描いた「SHIROBAKO」はストーリーがしっかり描かれていて引き込まれる面白さであったばかりに、水島監督の「サービス精神」とはこういったものなのだろうか?と疑問が深まってしまった。

 

 あー、結局「ガルパン面倒くさいおじさん」の感想になってしまった~~~~。

 1回目のほうがまだ純粋に見ることができていた気がする。知識は時として楽しみの幅を狭めることもあるんだね。