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Little fragments

マンガやイベントを中心に、雑文乱文書き散らかし。

みなさん、お元気ですか。

 

 今朝はたくさんの夢をみた。今まで出会ってきた人たちが走馬灯のように次々と出てきた。彼らは少し距離感が遠い人々だった。

 

 今はどこへいったのかわからなくなってしまった人、何をしているのかわかっているのだけれどあっていない人。たくさん出会えた。楽しく濃密なひと時で、起き上がった瞬間の凡庸な四畳半の部屋が非現実的に感じられた。

 

 そして、ふと、彼らが生きていて、元気に暮らしている様子を聞いて訪ねて歩きたい。そう思った。こんな夢も3・11だからこそ見るのだろう。

 

 

 ここ数年で私にとっての3月が持つ意味は大きく変わってしまった。

 友人が死んだ月、私の思い出の地が自然の力で破壊された月。混乱と混沌と相互不信へと世界が変容していく様を見た月。

 

 5年前は、横浜で大きな揺れに遭遇した。直感で「東北だ」と思った瞬間に揺れが増幅し、『いつになったら止まるんだ!』と思った。テレビを見た瞬間にドラマでも見ているかのような信じられない『大津波警報』に埋め尽くされた太平洋岸の地図が見えた。 

 その後、今日まで何度、私が遊んだ宮城の地が津波に飲み込まれていく映像を見ただろうか。何度も仙台・七ヶ浜・奥松島・石巻と昔遊んだ地に足を運び、「なにもない」様を目にすることとなっただろうか。

 そして世間のどことなく位相のズレたようなやり取りをたくさん見た。いつも通り、みんなが元気なときの話をすればいいのに……そう思ってページと心を閉ざした。

 

  とにかく無力感を覚えた。

 

 

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 大学卒業の年となった3年前、俺は一人で卒業旅行に出ていた。山陰・四国・韓国…と回って九州を見て帰る予定だった。

 韓国はソウルからプサンへと向かい、プサンからは高速船で博多港へと戻った。ここで親に連絡をとった。

 

 母の口から唐突に告げられたのは友人の死だった。

 

 なんとか出てきた一言が『いや、何を言っているのかわからない……』だった。

 

 それからしばらくがらんどうの博多港ターミナルで泣いた。なんの涙かわからなかった。喪失というのはこういうものなのかと突き付けられたようだった。

 

 享年22。高校の部活の部長だった。独創的な発言・行動で何かと周囲を楽しませる男だった。また、手先が器用で鉄道模型の改造もしていた*1。彼がいま生きていたら何をしていたのだろうか。それが気になる。

 

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 いま元気なみんなだって、いつまで元気かわからない。いつまで今までのように笑ってくれるのかわからない。*2

 

 あの時いろいろ話をした彼ら・彼女らも元気なのだろうか。そういえばわからない。

 

 ふと「当たり前のような日常」があるのかわからない今を思う。すると、久々に「あの人」に声をかけ、相も変わらず元気に生きている。それを確認することもいいのかもしれないと思う。生きることを実感し、安心する。大切なことだ。

 

 暗い気持ちはあっという間に人々の間にはびこる。そんなとき、闇を振り払うには少しずつ明るい気持ちを投射していくしかない。そう思う。

 

 たまにはFacebookやLINEで、みんなに連絡をとってみようか。思い出話に花を咲かせるのもいい。今日がそういうきっかけの日になってもいいんじゃないか。そう思った。

 

 

 

 

 

 

*1:いま彼の前に行って話すことがあるとするならば、「205系湘南色は本当に走り始めたよ」というだろう。あとは小田急江ノ島線ユーザーだったから、今度の快速急行増便はたいそう喜ぶに違いない

*2:現に自分自身が精神疾患でもう3年不安定な状態が続いていて、心配されている(心配しなくていいのに)