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Little fragments

マンガやイベントを中心に、雑文乱文書き散らかし。

レビューは認証履歴

 昨日は表現について面倒な話をしてしまったが、もう少し続けたい。

toudo-kougen.hatenablog.com

 

 新宿ロフトで行われた山下達郎のライブにいったときの話だ。曲の間にあるトークでこんな話があった。

「ロフトでは熱狂的なファンというか『信者』が来るので好評なんですよ。でも、日比谷の野音に行きますと、評価が変わって、引っ込めー!と言われ、缶が投げられたものです。」


 日比谷の野音(野外音楽堂)で缶を投げた観客は今だったらSNSで晒されてつるし上げられるだろう。でも当時はそういう「表明」が自由だったのだ。

 このエピソードは今から見ると「嫌ならみなければええやん」というコメントが出そうだ。しかし、当時の日比谷の野音は様々なジャンルのグループが演奏していた。他の演者を期待して来た人も「見させられる」システムになっていたのだ。

 いまならもっとフィルタリングやマーケティングされて「見させられる」ことはないだろう。それは結構だけれど、この野音におけるエピソードみたいな「出会い」や「批評」がないのは演者にも聴き手にも少し不幸なシステムでありやしないかと心配になる。

 

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 同質的なコミュニティで承認しあい、様々な「フィルタリング」を通したところで表現を眺める。そして感想すら承認に使う。いや、もはや承認よりも認証に近いのかもしれない。なんにしても、表現に対する感想やレビューがそんなものになってしまっているのだ。

 すると、「この世界の片隅に」や「君の名は。」に対する称賛の嵐は認証履歴の集合とみなすのが妥当かのかもしれない。あのレビューの集合体にある本当の「レビュー」はわずかではないか。そう思うのはさすがに穿ちすぎだろうか。